マイソールに来たもうひとつの目的

マイソールに来るもうひとつの目的は写真の師匠にあって話を聴くこと。
師匠はペアで活動していて、
世界の映像祭で初めてアジア人(欧米人以外)が1位を取ったことでとても有名です。

現地でレストランに行くと、
ごはんを食べる暇がないくらい人が挨拶に来るので、
最近は外にご飯を食べに行きません。

その世界一になる前にわたしは弟子入りしていたので、
今も変わらずこんな風に出入りさせてもらっていますが、
全世界から若者が「働かせて下さい!」といってメールをくれるそうです。

さぞかしすごい写真のレクチャーがあるのかと思うかもしれませんが
それが全然ないのです。

師匠2人に、出入りしている人が10人以上。

朝ごはん食べて、洗濯して、その間に師匠は原稿を書いたり打合せをしたり。
昼ご飯を食べて、暑すぎると昼寝をしたり、各自の仕事や勉強をしたり。
夕方になるとスポーツの時間が毎日あって、わたしは見学ですが
バレーボールをしています。
一度、シャラート先生もこのバレーボールに参加したことがあると聞いたような気がします。
見たかったです。
運動後は、シャワーの後、おやつを食べながら話をします。

自然や動物の話、政治の話。
私が来ると日本ではどうなんだ?という話題も多くなります。

最近のテーマは「なぜ日本人はNOと言わないのか」です。
わたしは結構はっきりものを言える方なので、
言えない人の本当の気持ちはわからないけれど、たぶん、和を乱したくないのでは?と答えました。

実はこの時間がすべてで、勉強の機会になります。

あっちで、あそこのご飯が美味しかったー!とか盛り上っている中、
師匠Aがいきなり「これこの前出した本なんだけど」と言って本を渡されました。

当然、こちらの言葉で書いてあるので、一文字も読めません。
わかるのは写真のみ。
地元の有名な詩人についての本というのはわかりました。
わたしでも顔を知っていたからです。

ページをめくっていくと、白黒の詩人の日常を映した写真が1ページに1枚。
ゆっくりと流れる物語のように現れました。

白黒だからなのか、光をすごく感じて、ああ、インドだなあと思いました。
2枚だけ、(どうしてもこんな写真を撮りたい!)と心動かされた写真がありました。

そうなのです。師匠の写真は、見ているこちらが悔しくなる写真。
ああ、こんな写真が撮れるのっていいなあと思わされるのです。

1年目、2年目くらいは撮った写真や作った番組を見せていました。
6年目くらいに「まだ、そんな撮り方をしているのか」と怒られました。
7年目は、師匠Aが撮影にわたしを連れていき、撮った写真を師匠Bが見るというおなかのいたくなるような練習もありました

今回は、この師匠の写真集を読み解くのがレッスンのようです。
翌日の夕方、みんながクリケットの話をしている最中に、師匠Bが
「本、どうだった?」と一言いいました。

師匠Bは、あまり長く話すのを好まないので手短に、でも的確に感想を言わなければいけません。
「おまえは、言葉がわからないだろう?だからこそ聞きたいんだ」と言われました。
超プレッシャーです!

ドアを開けて光あふれる外から誰かを詩人が迎え入れている写真が一番好きだと言いました。
彼が、心を開いて、すべてを受け入れる準備ができているように見えるからと。(もしかするとそれは「死」かもしれないけど)と思ったけどこれは言いませんでした。

師匠Bは普通は、詩人の本というと一生のうちのイベントを取り上げるけれど、これは日常にしたんだよと。
それがわかっているかと聞かれました。

私の中で、日本を出発する直前に読んでいた、養老孟子さんの「猫も人も役立たずで結構」がピコン!と思い浮かびました。
猫の話をしているのに、生きること、死ぬこと全部書いてある。
それを説明しようとするけれど、英語ではなかなか難しい。
そのうち電話がかかってきて、この話をうやむやになってしまいました。
また今度聞かれるかもしれないので、自分なりにまとめておこうと思います。

こんな感じで、写真だけど写真じゃない、生活や生きることについて、話をしながら学んでいて
そのエッセンスを写真に入れて行くというような、勉強の仕方になっています。

師匠A&Bのような人をはっとさせた後に、ほっこりさせるような、そんな写真が撮れるようになりたいです。

今回の課題「街を歩く牛」の練習写真

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